新潟県の産業経済と文化「風知草」のホームページ 相馬御風−「春よこい」
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随筆・コラム:No.5
「相馬御風−−春よこい」
(2003年新潟日報に掲載)

 今年は暖冬のようだ。雪が少ない。「克雪・利雪」をテーマに町造りに励む関係者には、少雪
は恨めしく、イベントの縮小を迫られる。
「昔は雪が多かった。」と古老は言う。電線を跨いで通った道、夜中までかかった雪下ろし。そ
のような雪国の日常は、越後人の原風景として胸に内在する。冬は耐えるモノ、雪は諦めるモ
ノとして。「春よ来い 早く来い あるきはじめた みいちゃんが 赤いはなおの じょじょはいて
 おんもへ出たいと 待っている」。新品のじょじょ(草履)を家の中で履いて、幼な子は春を待
つ。
糸魚川市出身の相馬御風(1883−1950)が作詞し、弘田龍太郎が作曲した童謡「春よ来
い」は、雪国の家庭が繰り広げたであろう冬の日常生活を、心暖かく唱っている。その一方で、
雪の無い地域は存在する。東くめが作詞し、滝廉太郎が作曲した「お正月」には、冬の凧あげ
と独楽遊びが登場する。
 自然環境がもたらす文化の差を、人は自然体で享受していたようだ。そうであれば、地域間
格差は、独立した文化体系の差ではなかったのか。「是正されるべき差」ではなく、「尊重され
るべき差」として。 しかし、時代は移った。人は格差の有り様に拘わらず、同じ生活水準を求
める。それが「克雪・利雪」に繋がる。
 御風は、24歳で早稲田大学校歌を作詞し、31歳で「カチューシャの唄」をヒットさせた。若く
して、その地歩を築いたが、家族共々郷里に退く。33歳であった。ライフワークとなる良寛研
究は、「大愚良寛」他膨大な著作に結実するが、それら研究の全てを糸魚川から発信し続け
る。まるで、東京との地理的な差が無いかのごとく。
 御風が主宰した短歌誌は、死後52年を経過した今も、全国に会員を持ち、毎月刊行され続
けている。
 御風のUターンは、地域の文化に希有な実りをもたらした。

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