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時事評論 企業シリーズ プロフイル


<企業シリーズ>
No.13:株式会社ニッセイ新潟
(インタビューの時期:2006.12.22)

株式会社ニッセイ新潟
  〒954l0124
長岡市中之島4086−1
  社長 遊座 正文(55歳)
   資本金 1000万円
従業員数15名(パートを含む)

【事業の内容】
@リース部門・店舗入り口設置用のマット(オリジナルマット、無地マッ
ト)、モップ、芳香器、バイオ消臭剤、空気洗浄機、浄水器、エアータオ
ル、尿石防止剤などのリースA販売部門・ペーパータオル、紙おしぼり、
ゴミ袋など清掃関連用品の販売Bクリーン部門・事務所店舗の清掃、ワ
ックスがけ、エアコン掃除、ジュータンクリーニング、尿石除却工事。

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目次
 【1】「長岡市倫理法人会の会長」
【2】「掃除は心を磨く」
【3】「技能五輪全国大会へ出場」
【4】「工場事故で重傷」
【5】「いつも"感謝"の心を持つ」
【インタビューを終えて】

【1】「長岡市倫理法人会の会長」
○当社の創業は、昭和52年(1977年)です。奥様のおじさまの創業でした。現社長の遊座(ゆざ)さんは、これに協力するため、今までの勤務先を退職し、専務として入社しました。入社以来営業を担当し、経営基盤の確立につとめました。2000年には社長に就任します。

○遊座さんは、茨城県の出身です。地元の学校を卒業後、日立製作所へ勤務しました。そのまま変化のない生活を送っておれば、長岡へ来ることはなかったかもしれません。
しかし、人生は様々なことがあるものです。遊座さんも、大きな変化に遭遇します。あまりにも大きな思いがけないことだったかもしれません。しかし、その多様な人生のおかげで、長岡は希有な人材を手にしました。

○今、遊座さんは会社の営業に注力するかたわら、推されて「長岡市倫理法人会」の会長をつとめます。倫理法人会は、全国に4万7500社の会員を有する大きな組織です。
その目指すところは、「倫理」を大切にし、「倫理」を経営の基盤におきます。「企業の倫理」を追求するのではありません。「倫理に基づく経営」を行うのです。だから、実行がそのまま正しさの証明になるような純粋倫理を基底において、経営者の自己革新を図ります。心の経営を目指すネットワークを広げます。そして共尊共生の精神にそった健全な繁栄を実現するのです。
そうすれば、地域社会の発展に貢献できますし、美しい世界づくりに貢献できるはずです。これは当社の社訓に通じます。

社訓
一.私達は、お客様への感謝と真心のサービスに徹します。
一.私達は、仕事を通じて社会環境の向上と美しい日本の建設につとめます。
一.私達は、仕事を通じて自己の向上に励み世のため人のために尽くします。
一.私達は、朗らかに仲良くして喜んで進んで働きます。

そのような崇高な「志」を抱く会で、推されて会長に就任したのですから、遊座さんの精神の高さは、並みではありません。

○この「倫理法人会」に出会うきっかけは、親会社である潟jッセイの担当者が、「職場の教養」と題する冊子を示したことでした。その中に語られている挨拶や先輩への接し方。なによりも先祖への敬愛の心などが、創業間もない遊座さんの心を打ちました。迷うことなく入会を決断します。
常に原点に立ち自分を見つめ直す場として18年が過ぎました。今は推されて会長をつとめます。(つづく)
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【2】「掃除は心を磨く」
○遊座さんは、倫理の仲間と2006年3月に「長岡掃除に学ぶ会」を立ち上げます。会長は歯科医の澤先生です。そして副会長に就任しました。
この会は、鍵山秀三郎氏の掃除哲学に共鳴した人たちの集まりです。鍵山氏は、イエローハットの創業者です。現在は相談役として会社経営に携わる一方、「日本を美しくする会」を立ち上げました。
鍵山氏は、社内のトイレを自ら率先して掃除をしていました。当初は驚きの目で見られましたが、今では共鳴する人は、社内だけにとどまりません。全国に広がっています。
遊座さんもその中の一人です。

○「掃除に学ぶ会」は、掃除の効用を次のように語ります。
@謙虚になれます。どんなに才能が合っても傲慢な人は人を幸せにはできません。
A気づく人になれます。世の中で成果を上げる人は無駄に気づく人です。その気づきを最大限に引き出してくれます。
B感動の心を育みます。人が人に感動するのは、その人が手足を使い、身を低くして一所懸命取り組んでいる姿に感動するのであって、トイレ掃除は最良の実践です。
C感謝の心が芽生えます。人は感謝するから幸せになれるのです。その心を育むのです。
D心を磨きます。心をとりだして磨くことはできません。しかし、目の前にあるものを磨くことはできます。
人はいつも見ているものに心も似るのです。だからトイレをきれいにすれば、心もきれいになります。

○遊座さんは、このようなトイレ哲学に心から共鳴しています。この哲学に出会えたことを、喜び感謝します。そして同じ「志」の仲間と共に、「長岡掃除に学ぶ会」を立ち上げたのです。
設立総会は、昨年3月に行いました。総会の後、長岡高校へ出向きました。全員で学校のトイレを掃除します。並みの「志」ではありません。

○遊座さんの精神は、誠に高邁です。その原点は前の勤務先にあるようです。
遊座さんが学校を卒業して就職した日立製作所多賀工場では、研修体制は大掛かりでした。入社したての新人は、すぐには工場に配属しません。
工場内には、新人のための教育工場が設置されていました。本体の正規工場と同じ構造の教育訓練専用の工場です。規模は雄大でした。
ここでおおむね1年間、訓練に明け暮れします。旋盤、フライス盤の技術を学びました。この巧拙で技術の技量が決まってしまいますから、技術屋にとって必須の技術です。遊座さんがエンジニアでいる限り、その成功の可否は最初の1年にありました。
「さすがに大会社はやることが違う」と遊座さんは回想します。(つづく)
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【3】「技能五輪全国大会へ出場」
○日立製作所多賀工場に就職した遊座さんは、教育工場で1年間厳しい訓練を受けました。この時の遊座さんの精進は大変なものでした。
ついに同期の中では最優秀の評価を受けます。きっと意欲的な働きだったのでしょう。晴れがましくも、「技能五輪全国大会」の代表選手に選ばれました。日立製作所の代表です。
この大会は、技術の全国一を競う大会です。次代を担う若者に努力目標を与え、その技術を表彰しよう。そうすることでさらに意欲を高めよう。開催地の若者にも高度な技術を示そう。そのような趣旨で行われる大会です。
この出場選手に選ばれることは大変名誉なことです。立派にその責任を果たした遊座さんの雄姿は、社内報にも大きく掲載されました。
遊座さんは、選ばれて特別訓練生になりました。そして、1年後には工場へ配属される同期をしり目に、教育工場に指導員として残ります。

○このため今では、日立製作所の中堅エンジニアの多くは、遊座さんの指導を受けたことになります。 遊座さんが工場へ配属になるのは実に5年後でした。
とはいえ、最初の1年はきつかったようです。まず、学生気分を除くことが求められます。鉄拳は日常的でした。罰としてグランド1周などは普通のことでした。
「社会人は厳しいll」というのが遊座さんの素直な印象です。でもくじけませんでした。しょげることもありません。「なにくそ!」と心を奮い立たせます。

○順風満帆の遊座さんでしたが、ある日アクシデントに見舞われます。その一つはオイルショックでした。
さしもの大会社も苦境に落ち込みます。製品は全く売れません。工場には在庫が積み上がり、ついに生産ラインが止まります。優秀な技術を持っていても、活かすチャンスがありません。会社は存亡の危機に立ったのです。
結局若いエンジニアを販売会社へ出向させることになりました。販売面をテコ入れし、売り上げ増を目指す苦肉の策です。
独身だった遊座さんも出向です。出向先は長岡の販社でした。こうして遊座さんと長岡の結びつきができましたが、この出向は、さらに重大な出あいがありました。
ある日、友人に誘われて飲み会に行きます。今にして思えば、友人はきっと"知人を紹介しよう"との目的があったのでしょう。その会合で素晴らしい人に出会います。
出会ったその瞬間、電気に打たれた遊座さんは、直ちに心に決めます。この人が自分の伴侶なのだと。決断が早く、決めれば真っ直ぐに進む遊座さんです。一所懸命に、真心を込めて、プロポーズします。
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【4】「工場事故で重傷」
○オイルショックの結果、日立製作所も売り上げが低迷します。その対策は、販売会社へのてこ入れでした。
若いエンジニアを中心に販売会社に出向することが決まり、遊座さんも出向です。そこで出会った人と結婚を決意します。

○しかし、遊座さんの生まれは、茨城県です。長岡からはずいぶん遠いのです。地元の庄屋として大きな勢力を持っていた遊座家です。伝来の槍も刀も保有しています。しかし時代が変わっていました。庄屋といっても遠い過去の話です。 
大切な娘を嫁がせるには、あまりにも遠い土地です。親として迷いは大きかったに違いありません。
一方、茨城の実家でも同じです。長岡は一時的な勤務にすぎません。すぐに戻ってくる約束です。大切な息子がこのままでは戻らなくなるのではないのか。
今も昔も変わらぬ親の葛藤に直面し、遊座さんは、説得するしかありませんでした。
一所懸命でした。

○ともかく双方の両親に了解をもらい、工場へ戻った遊座さんに、もう一つのアクシデントが襲います。
今度のアクシデントは、大事件でした。新製品の試作試検中に事故が発生したのです。遊座さんは目に大怪我をします。重傷でした。工場関係者、上司はこの事故の責任をとらされ左遷になる程の大事故でした。このままではエンジニアとしての将来もあきらめなければなりません。
闘病生活の間、結婚式もお預けです。それでも奥様は、休日のたびに、長岡から茨城まで看病に通います。こうして2人の絆はますます強まりました。
遊座さんは、この人の幸せのために全力を尽くそうと決意します。

○怪我が癒え、結婚もした遊座さんですが、復職後の職場は検査部門でした。ここには、最先端の仕事はありません。遊座さんが再度大きな事故に遭遇しては、労務管理上大問題です。そのような危険性が少ない部署への配属が、会社の方針でした。
しかし、あまりにも単調です。高度な技量を修得している遊座さんの職人魂は、満足しません。
そのようなときに奥様のおじさまが、日本ビクターを退職して起業することになりました。遊座さんには、限りないベンチャー精神が息づいています。「よし自分も手伝おう」。遊座さんの決断は、極めて早く明快です。 
とはいえ、退職宣言は周囲を驚かせました。 大会社のエンジニアです。茨城県では日立製作所は、絶対の存在です。そこに勤務するエンジニアは、皆、周囲から尊敬の眼で見られています。退職金も年金も、そのほかの福利厚生関係も、遜色はないのです。将来の生活は、何の心配もありません。
それでも遊座さんの決意は揺るぎません。(つづく)
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【5】「いつも"感謝"の心を持つ」
○日立製作所を辞めることに、  なによりも奥様の実家は驚きました。安定したサラリーマンであるとして安心していました。そのお婿さんが手伝うとはいえ、退職とはll。驚きは、半端ではありません。 
遊座さんの実家も驚きました。長岡へ行ったまま、戻らないことになるではないか。生活は大丈夫なのかlll。

○それでも遊座さんの心は変わりません。一人でする仕事は、限界があります。新しい仕事を始めるときは、なによりも、信頼し心を寄せる仲間が必要です。自分がその役割を担おう。それが見も知らぬ自分に、大切な娘の人生を託してくれたご両親への、感謝の証(あかし)である。
それが、重傷を負いエンジニアとしての将来が危ぶまれた自分に、迷うことなくついてきてくれた奥様への感謝である。

○こうして遊座さんは、おじさまと協力して潟jッセイ新潟を立ち上げます。
フランチャイズの組織です。本部から商品が供給され、その販売権を新潟県全域について保有しています。なによりのセールスポイントは、「あなたのお店の名前を入れます」でした。ネーム入りのオリジナル玄関マットは、未だどこもやっていない時代でした。
注文を受けると、いっときでも早い納品を心がけました。日中は営業がありますので、製作作業は深夜になります。家には寝るために帰るような状況がつづきました。
お客様から「良くできたね」とお褒めの言葉が一番嬉しく、疲れも一瞬に消えたといいます。仕事一筋の日々がつづきました。「一日でも早くオリジナル玄関マットで食べていきたい」との一心でした。
おかげでビジネスを行っているお客様には大好評です。新潟市の西堀ローサには超特大のネーム入りのマットを納品しました。各地の料亭、美容室、ホテルなどでも重宝がられました。「毎日仕事が楽しく苦しいと思ったことはありません」といいます。
遊座さんの熱意が実り、会社は立派に軌道に乗っています。

○遊座さんは、「倫理法人会」や「掃除に学ぶ会」を通じて、社会貢献を心がけています。それが「自分を受け入れてくれた地域社会への感謝の証(あかし)」なのです。
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【インタビューを終えて】
遊座さんは、真っ直ぐに前を見つめています。それは明快な意志と決断力の現れです。会社の起業も「倫理法人会」も、そして「長岡掃除に学ぶ会」も、全てが遊座さんの「志」の高さを示しています。
これからも真っ直ぐに進んで行くに違いありません。
 (おわり)
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