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時事評論:No.95:「人生の処し方は難しい」
(2007.8.25)

2007.8.地元紙へ掲載したコラムの転載です。
○横綱朝青龍は、本名ドルゴルスレン・ダグワドルジといい、モンゴル国籍です(ウランバートル)。昭和55年9月27日生まれですから、来月には28歳になる。まだまだ若い。
平成11年初場所以来、幕内優勝21回、幕下優勝を加えると22回の優勝という大記録を成し遂げた逸材です。
幕内での勝ち星466個の内、3分の1の決まり手が「寄り切り」です。その剛腕さも一段とひかります。
まさに「平成の大横綱」です。

○その朝青龍は今、窮地にあります。怪我を理由にモンゴルへ帰郷、療養に専念するとして、巡業という大相撲にとって大切な行事を欠席しました。
しかし、あろうことかモンゴルでサッカーに興じます。それがテレビで放映されましたから、相撲協会のエライ人々には驚天動地の驚きだったのでしょう。
巡業に横綱が参加しないというだけでもご機嫌が悪かったのです。それだけにトップにとっては、腹立たしさを越えた怒りでした。

○大相撲は長い間、横綱不在でした。軟弱化した日本の若者は、旧態依然とした相撲界へ入りたがらないのです。だから横綱が生まれません。
そこに現れたのが朝青龍です。国籍はモンゴルですが高校生の時から来日していました(明徳義塾高校)。
風貌は日本人と同じです。しこ名は、高校の近くにある四国霊場三十六番札所青龍寺からとるほどの"愛郷心"です。たちまち、相撲界の救世主になりました。21場所を1人横綱として支えます。
しかし、少々行儀が悪かった。その行儀の悪さに対して、"1人横綱だから"のあきらめがあったのでしょうか。"品格"を指摘しながらも、それを指導する者はいなかったようです。
だから二十歳代の若者にいらだちを抱きつつも、相撲協会のエライ人は沈黙していたのでしょう。

○そのような状況の中で発覚したサッカーです。
しかし、一緒にプレイをした中田秀俊は、自らのブログの中で語っています。「モンゴル政府と日本政府の依頼で、両国の親善と子ども達のために参加したのだったら」と、朝青龍へのパッシングに疑問を表明しています。
さらに「深刻な怪我は腕であって、子ども達とのサッカーには支障がないとしたら」と、横綱の判断を支持しています。
実際に、食事のお皿を持つにも朝青龍の腕は痛んでいたようですが、それは足とは違います。

○とはいえ、"横綱"に期待されることは、大きいのです。怪我の治療を理由に帰国していたのです。相撲協会に限らず万人の理解は得難いでしょう。
しかし、生活習慣も考え方も全てが異なるのが外国人です。スポーツマンとしての強さだけではなく、"品格"までを求めるのが相撲であるならば、そもそも相撲には外国人はふさわしくないかもしれません。

○問題の根元は、"品格"を教えることなく、"強さ"を求めてきた相撲界自身にあるかもしれません。それにも関わらず個人の問題に帰結してしまえば、有為な人材を潰すかもしれません。
誠に人生の処し方は難しいものです。
(黄色い風見鶏)
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つぶやきのコーナー:No.683:任怨分謗(2007.8.25)



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